人間万事塞翁が馬

息子が国体メンバーに選ばれました

素晴らしい!!!、なんて幸せなんだろう・・・と四六時中ウキウキしていました

 

が、先日の九州ブロック大会でまさかの敗退

全国大会に進むことができませんでした

9月末からの茨城国体に行く気満々だった私は気落ちし、不幸感でいっぱいでした

 

慰められても、励まされても無理だった私の気持ちは

この言葉で、ハッと我に返りました

 

「人間万事塞翁が馬」

・・・・・・

昔の中国のお話です。

ある塞()に近いところにおじいさんとその息子が住んでいました。

ある日、おじいさんの馬が遊牧民族の地へ逃げていってしまいました。

周囲の人が馬がいなくなったことを悲しんでいるだろうと思いました。

しかし、おじいさんは「いやいや、これが幸福になるかもしれないのだよ」と笑っています。

そして、数ヵ月後その馬が逃げていった地の良馬を連れて帰ってきたのです。

しかし、おじいさんは「もしや、これが不幸の元になるかも知れぬ」と心配そうです。

おじいさんの言ったとおり、その連れ帰ってきた馬に乗っていた息子が落馬してしまい、(もも)の骨を折る大怪我をしてしまったのです。

それでも、おじいさんは「もしかしたら、これは幸福だったのかも・・・」と言います。

その年、おじいさんたちの近くの砦に突如敵が攻め込み大きな戦が起こりました。

その砦の周囲の若者は戦に借り出され、その殆どが戦死してまいました。

しかし、そんな中おじいさんの息子は骨折していたために戦に借り出されず、無事に生き残ったのでした。

(ネットより)

・・・・・・

 

簡単に訳せば

「禍い(不幸)や福(幸福)は予測ができないものだ」

 下矢印

世の中に起きる悪いことも良いことも予期できず、それに振り回されてはならない

 

ということは

不幸だとおもう出来事、その「点」に固執して人生、もう終わりだタラー・・・と嘆くのではなく

この不幸が幸にも転じるという「線」

そして不幸と幸が繰り返される「空間」

 

その「空間」を高いところから見渡す

俯瞰

 

 

そうなんです

私は不幸という「点」に固執していました

 

俯瞰してみると、人生の中のただの「点」だったのです

 

 

ここはアメリカのブライスキャニオン国立公園

長男と一緒に行ったすごく好きな場所でした

まさに、高いところから見渡すというスポット

 

 

苦しく、辛く、もがいている「点」も

 

高いところから見渡せば

人=「点」が小さく、ここに固執する意味すらわからなくなります

 

もうすぐ9月

季節も夏から秋へ・・・

自分自身を客観的に見つめてみよう

 

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